酒と船 | キャプテンズ・バー|オーセントホテル小樽【公式】メインバー
酒と船
2020.09.04

ホテルトップラウンジより臨む、フェリーや豪華客船の往来。この情景を見ていると若きし頃「一流のバーマンの証は船上のバーテンダーである。」と聞かされた事を思い出す。
世界の客船業界はCOVID-19の影響を受け、予定されている航海の殆どが中断、多くのクルーたちは長く待機を強いられている。やむを得ない状況であるも、酒文化は航海と共に発展してきた所以、早くに感染予防が策定され再航して頂ける事を望んでいる。

日本では、黒船ペリーが来航し西洋文化が渡来。大正から昭和にかけては、外国客船時代の到来と謂われました。
その経緯に世界で最も古く由緒あるサヴォイカクテルブック(※1930年編集)に「ヨコハマ」という名のカクテルが残されているが、おそらく昭和初期に横浜を目指す豪華客船の中で創案され、寄港した乗船客によって広められたと説がある。
レシピはロシアのウォッカ、イギリスのジン、フランスのパスティスなど世界各国の酒をシェークされ、正しく世界一周に思いを馳せグラスに描いたのではなかろうか。
宣教師が信長にワインやポートが献上された話も有名だが、1907年(明治40年)サントリー(寿屋)の鳥井信治郎氏は前出のポルトガルに伝えられるワインを日本人向けにアレンジした「赤玉ポートワイン」を完成させ大ヒットをもたらせた。

元々ポートワインはスペインのシェリー酒と同じく、船上でのエピソードをもつ。

その由来は15世紀の大航海時代。新大陸を求めたコロンブス等、外洋航海が盛んな時代、積まれていたワインは太陽の強い日差しを受け劣化してしまう為、瓶中にブランデーを添加することで熟成を止め、長期保存に耐えうるワインとして生まれ変わった。これは果てしない航海を強いられる船員の支えとなり、ある時は薬用として飲まれ、怪我のときは消毒にも充てられ、正しく生命を守る水として愛されたのです。

船はカクテル作りにも一役買っており、業界では客船からの技術を受け継いだバーテンダーは少なくない。
その代表的な素養に挙げられるシェーキングは、本来の振り方とは異なり、シェーカーを逆手にもつスタイルが有名です。
その理由は昔のシェーカーは非常に重く、船の横揺れで何度も床に落ち変形を繰り返したそうです。変形を戻しても、シェイカーを振る度、結合部より中に入っている酒の飛沫が漏れ、前方に(客)飛び散ってしまう。それを防ぐため当時のバーマンは敢えて継ぎ目となる結合部分を手前にして持つことで、客ではなく自分の体に飛沫を受止めながら振ったと伝えられている。
元々船は大陸間に荷物を運ぶ手段であったが、当時は今のメディアに代わり、情報や文化を伝えるに欠かせない役を担い大きく発展をする。船員たちは寄港するごとに酒場で人と出会い、航海で体験してきた経験を次の港へ伝え、人と思いを紡いできた。
時は経て、カクテルが文化の1つに数えられる背景には、船中育まれてきた幾つもの史実によって支えられているのかもしれません。
それでは本日も美味しいお酒を召し上がってくださいませ。